パートナーシップスクール TAIMATSU 代表の、アツ(鶴田敦彦)です。
夫婦関係研究家/コンパッション・マインド・コーチとして、コア・プログラムPCTを主宰しています。
僕は、専門家であり、当事者であり、仲間です。当事者だから痛みがわかる。研究者だから道を示せる。仲間だから一人にさせない。この三位一体の立場で、あなたと共に歩んでいきたいと思っています。
——以下は、僕がどん底からどう変わったのか、その全ストーリーです。少し長いですが、もしよければ読んでみてください。
妻とは、恵比寿の韓国居酒屋で出会いました。
太陽のような笑顔の持ち主でした。
彼女が笑うと、パァッと場の空気が華やぎ、
僕の心は和らいでいきました。
この人と一緒なら、きっと幸せな日々を過ごせる。
そんな直感がありました。
しかし——
あの光が消えてしまうとは、
当時は想像もしていませんでした。
住んでいたのは、東池袋にある4階建ての古いマンションでした。
エレベーターはありません。
引っ越しを手伝ってくれた友達と、
ヒーヒー言いながら洗濯機を4階まで運びました。
築年数は経っていますし、黒い虫も出ます。
それでも、風通しだけがよかったあの部屋が、
僕は大好きでした。
2人で働いて、2人で料理をして、
ただただ日々を暮らしていく。
お金はそれほどありませんでしたが、
一緒にいられるだけで十分でした。
仕事から帰ると、妻が「おかえり」と出迎えてくれる。
その柔らかな笑顔だけで、
1日の疲れが霧のように消えていきました。
やがて出産を控え、
妻の実家がある埼玉の町へ引っ越しました。
「一卵性の双子だって」
診察室から出てきた妻は、
戸惑うような、嬉しいような表情でそう言いました。
双子は帝王切開になるため、妻は2ヶ月入院しました。
会社の水曜ノー残業デーには、
17時ぴったりに飛び出して病院へ向かいました。
毎日、妻にLINEを送りました。
「今日はどう?」「体調は大丈夫?」と。
あの頃の僕は、妻を大切にしていました。
だからこそ——出産の後に何が起きたのか、
当時の僕にはまったく理解できなかったのです。
生まれてきたのは、だるまさんみたいな双子。
その光景は、いつまでも見ていられるほど愛くるしいものでした。
ですが、3ヶ月ほど経った頃、
壮絶な夜泣きが始まりました。
一人を寝かしつけると、もう一人が泣き出す。
その声で、寝たはずの一人もまた泣き出す。
夜21時から朝5時まで、
一晩中、双子を交互に抱っこしながら朝を迎えました。
それでも、僕には息抜きがありました。
月に1週間ほどの海外出張です。
睡眠を邪魔されることもなく、
現地の美味しいご飯を食べ、
心と体をゆっくり休めることができました。
でも、妻には逃げ道がありませんでした。
僕がいない間も、妻は一人で双子の面倒を見続けました。
疲労がたまり続け、
ある日、リビングで気絶していたこともあったそうです。
僕は仕事を言い訳にして、
家庭から逃げていたのだと、今は思います。
双子が生まれたとき、僕が取った育休は、
たったの1週間でした。
帝王切開だった妻はまだ入院中で、
退院する頃には、もう育休は終わっていました。
そんな僕に、妻はぽつりと言いました。
「なんちゃって育休だね」
その言葉の意味を、当時の僕はまだわかっていませんでした。
深夜1時から3時まで、夜泣きと授乳を担当し、
朝5時に家を出て会社へ行く。
自分では頑張っているつもりでした。
ですが、当時の僕には
決定的に欠けている思考がありました。
それが、妻へのケアです。
家事や育児を「頑張る」のではなく、
妻そのものを大切に扱うという考えが、
頭にありませんでした。
妻が一人で抱えていた孤独感、
母であることのプレッシャー、
慣れない双子育児。
自称イクメンだった僕には、
彼女の苦しみが、これっぽっちも見えていなかったのです。
子どもたちが2歳になった頃、
何を言っても妻から否定されるようになりました。
二人の間には、荒れ狂う大河が横たわっていました。
どれだけ声を張り上げても、
濁流の音にかき消され、妻には届きません。
恵比寿で見た、あの太陽のような笑顔は、
もうどこにもありませんでした。
「あっちゃんは私の気持ちを聞いてくれなくて、
『こうすればいい、ああすればいい』と
理屈っぽいことばかり言っていて嫌だった」
——後になって、妻からそう言われました。
原因がわからなかった僕は、
とにかく家事・育児に全コミットすることにしました。
夕飯の皿を洗い、洗濯機を回し、
真冬の寒いベランダに洗濯物を干す。
休みの日は子どもたちを連れて公園を3軒はしごしました。
できる限りのことをやりました。
それでも、妻から「ありがとう」と
感謝されることは一度もありませんでした。
今思えば、当時の僕は
「妻の代わりに」やってあげている感覚でした。
自分が主担当ではない仕事を、
忙しい僕がわざわざやってあげている、と。
きっと、妻はその気持ちを見破っていたのでしょう。
だから、感謝されることがなかったのだと思います。
何をやっても感謝されなかった僕は、
「これは自分がやりたくてやっているんだ」
と、自分に言い聞かせることにしました。
自分の意思でやっているなら、
見返りを求めるのはおかしい。
感謝を期待せず、ただ、自分がそうしたいからやる。
子どもにも優しく、妻にも優しく、
自分の軸をしっかり持っている男。
感情に振り回されず、穏やかでいられる男。
そんな理想の自分を、演じるように暮らしていきました。
最初は演技でしたし、心の中では葛藤もありました。
ですが、1年演じ続けるうちに、
いつの間にか理想像と自分がシンクロしていったのです。
妻が疲れた顔をしていれば「ちょっと休んでなよ」と声をかけ、
妻が話したそうにしていれば、ただ黙って聞く。
それが、当たり前になっていました。
心と体の距離も自然と縮まり、
3人目の赤ちゃんを授かりました。
3人目の出産では、3ヶ月の育休を取りました。
2014年、まだ男性が長期育休を取る文化がなかった頃です。
「給料なくなるんじゃない?大丈夫?」と上司に心配されました。
でも、僕には決めていたことがありました。
今度こそ、妻へのケアを目的にする。
育児は手段でしかない。すべての目的は、妻のケアだ。
「何をすればいい?」と聞くのではなく、
妻の体調を読み取り、今何が彼女に必要かを想像する。
言われる前に動く。
授乳、寝かしつけ、掃除、家事、洗濯——
すべて自ら主体的に、当事者として行っていきました。
当時は気づいていませんでした。
ですが今振り返れば、
あれはまさにコンパッション・マインドが育った瞬間だったと思います。
自分に何が起きたのかを知りたくて、
あらゆる本をむさぼり読みました。
心理学、進化心理学、脳科学、社会学——。
そこで、一つの大きな発見がありました。
夫婦の絆は恋愛感情ではなく愛着によって形成される。
二人を結びつけるのは、ドーパミンではなく、
相手を慈しむオキシトシンである、ということです。
恋愛のドキドキが消えたから関係が終わるのではありません。
もっと深い絆で結ばれるからこそ、
関係性は改善できる。
そこに、希望を見出しました。
研究をブログにまとめていると、
男性読者から相談の依頼が来るようになりました。
彼らの関係修復を進めるうちに、
自分だけでは解決できない課題も増えていきました。
臨床心理士、大学教員、カップルカウンセラー——
さまざまな専門家へのインタビューを始めました。
見えてきたのは、
まず自分自身を「思いやりのある人間」へと
変えなければならないということでした。
自分が本心からそう思っていなければ、
テクニックでいくら取り繕っても効果は出ません。
大事なのは「テクニック」ではなく、心の在り方だったのです。
そんな中で出会ったのが、英国ダービー大学の
ポール・ギルバート教授が開発した
コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)と、
それに基づくトレーニング法
コンパッショネイト・マインド・トレーニング(CMT)でした。
脳科学・進化心理学・仏教哲学をベースに、
脳に備わった3つの感情調節システムのバランスを整え、
思いやりの心を育てていく心理療法です。
ギルバート教授からCFT/CMTを学んだ
東京成徳大学・石村郁夫准教授のもとで、
僕もCFTを学び、CMTのトレーニングを受けました。
イギリスの専門家のワークショップにも参加しました。
コンパッションこそが、
夫婦関係を修復する土台になるものだ——
その思いは、確信へと変わりました。
「私に言ってもしょうがないから
ブログ書きなさい」
研究の話を妻にしていると、そう言われました。
発信のきっかけは、妻でした。
ブログを始めると、今度はこう言われました。
ブログは2019年から、すでに1,000記事以上。
妻の後押しで2021年に始めたポッドキャスト
「夫婦関係学ラジオ」は、700本以上を配信しました。
Apple Podcast 恋愛カテゴリー 2位。
Voicy of the Year 2025 受賞。
ですが、記事を読んだり聴いたりするだけでは、
修復がなかなか進まないことも確かでした。
本当に必要なのは、その人の心そのものを
思いやりあるもの(コンパッション・マインド)へ
変容させること。それが、すべての土台です。
そこで、ギルバート教授が30年以上の臨床研究から
体系化したCMTを、夫婦関係修復に特化した形で
編集し直しました。
そうやって生まれたのが、
PCT(パートナーシップ・コンパッション・トレーニング)です。
テクニックではなく、心の在り方から変えていく。
自分の心に思いやりが育つと、心に余裕が生まれます。
すると妻との間に流れる空気が変わり、
妻の態度も少しずつ軟化していくのです。
僕が経験した変容は、
僕だけに起きたことではありませんでした。
PCTを始めてからは、
受講生が一人ひとり変容していきました。
受講生一人ひとりに起きた変化は、講座ページの「受講者の声」にまとめています。
自分が変わると、妻との間に流れる空気が変わります。
空気が変わると、妻の心も柔らかなものに変わっていきます。
ですが、それだけではありませんでした。
教育の仕事をしながら、家では子どもをつい強く叱ってしまう受講生がいました。
その結果、子どもは「学校に行きたくない」となったのです。
しかし、PCTを経て、彼は叱るのをやめ、妻と連携して子どもに向き合えるようになりました。
すると——子どもの表情が和らぎ、メンタルが安定し、家庭に穏やかな笑顔が戻っていったのです。
さらに、職場で生徒へのコンパッション教育もスタートさせました。
このように、PCTで学んだことを、次の世代へ伝えようとする人が出てきたのです。
夫婦の幸せが家族の幸せを生み、
家族の幸せが次の世代へのポジティブな循環を生み出していく。
夫婦の不仲は、先祖から代々受け継がれてきた「負の遺産」でもあります。
ですが、自分がここで変われば、その連鎖を断ち切ることができます。
それを目の当たりにしたとき、気づきました。
これが僕の使命なのだ、と。
この使命を果たしていくために、
自分にできることは何かを、あらためて考えました。
たどり着いたのは、
僕には3つの顔がある、ということでした。
夫婦関係で迷っていた当事者。
夫婦関係修復の方法を研究する研究者。
そして、共に前に進む仲間。
双子の夜泣き、妻の気絶、「ありがとう」が一度もなかった日々。僕自身が、あなたと同じ場所にいました。だからこそ、あの痛みを知っています。
進化心理学、脳科学、心理学。ギルバート教授のCFT。note 1,000記事以上、ポッドキャスト700本以上の蓄積。科学的根拠に基づいた道をお示しします。
同じ悩みを持つ男性たちとのコミュニティ。お互いに励まし合い、支え合いながら前に進みます。一人で苦しまなくて大丈夫です。
当事者として、研究者として、仲間として。
この3つの役割の根っこには、
ずっと変わらない一つの信念があります。
Compassionate people
can change the world.
慈悲の心を持つ人が、世界を変える。
大げさに聞こえるかもしれません。
でも、その出発点は、とても身近なところにあります。
——それが、夫婦です。
夫婦の幸せが、家族の幸せを生む。
家族の幸せが、次の世代への正の連鎖を生む。
先祖から受け継がれてきた負の連鎖を
ここで断ち切り、正の連鎖に変える。
その循環を生み出すために必要なのが、
慈悲の心——コンパッション・マインド。
僕は、その心を一人でも多くの人に届けたい。
そう願って、今日も発信を続けています。
道は、あります。
そして、その道を一人で歩く必要はありません。
「自分の何がいけなかったのか……」
妻とのすれ違いの本当の原因と、修復までの全体像をまとめた
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